シーチャは28日に無事に退院しまして、二人の生活が始まっています!
家に帰ると、しばらくは嬉しそうに駆けずり回っていました。
よく、子供返りといいますが、ママ猫のおっぱいを求めて、タオルでちゅぱちゅぱやっていたのですが、ここしばらくは、しょっちゅう。
お気に入りのタオルにしがみつくように、ちゅぱちゅぱしています。

入院中、寂しくさせてしまった反動か、心が痛みます…。
まだ、傷口を舐めないように、カバーをはずせないので、家に帰っても思うように動けませんが、布団の上で、ぐっすりと眠れているようなので、それは安心。
夜は私にぴったりくっついてきて、一緒に寝ています。
彼が傍にいるだろうな、とは感じていますが、時折、シーチャが空(くう)を見つめて何かに反応していたり、私の肩越しに何かを見つめている時は、ちょっとビビりますが。
先日は、たくさんの「なぜ」を、自分があの時に、こんなことを感じたという、記録の意味も込めて書きました。
25日の日記にも書きましたが、彼はたくさんのヒントを私にくれたので、ほぼ「なぜ」は解決。他の方がどれぐらいの期間で、あれらの「なぜ」を解決されるのかわかりませんが、私なりに「なぜ逝ったのか」が解決されているので、気持ちは穏やかです。
ぽっかりとした空虚感もなく、寂しさもなく、極めて普通。
こういう状況で、強がることほど、自分にストレスを掛けることはないですし、強がることほど、こういう場合意味がないと思うので、その辺りはバランスをとって、人が亡くなったことへの悲しみを一通り経て、たどり着いている感じです。
その代わり、まだ一週間ほどしか経っていないのですが、一ヶ月ぐらい経っている感覚です。それだけ、凝縮して私の中で時が流れたのでしょうね。
人はいずれ死ぬもの。
私も、この年齢で夫を亡くすという経験にも意味がある。
全てを糧に、今日も生きますよ〜!